「1番」
「塩ラーメンだな」
「チャーハン!」
三井サンと花道が、同時に答えた。
以前、部活帰りにラーメン屋に寄ったときのこと。
2人が迷うことなくそれらを注文するのを見ていたので、
答えは予想通りだった。
「木暮サンはどうスか?」
首にかけたタオルで、汗を拭いながら聞く。
「一番好きな食べ物、かぁ。うーん、白いご飯、かな?」
いかにも木暮サンらしい模範解答。
休憩中。
少しわざとらしかったかな、と思いながらアヤちゃんの方を見る。
彼女はマネージャーらしく、きびきびとモップがけをしていた。
「リョーちんはなんなんだ?」
花道が、スポーツドリンク片手に尋ねる。
「ケーキ、かな」
言いながら、もう一度アヤちゃんの方を見た。
今度は、スコアボードに何やら記入している。
こちらの話を聞いているかどうかは、わからなかった。
「へぇ、ケーキかぁ。そういえば、赤木もああ見えて甘いもの好きなんだよな」
木暮サンが、天井を見上げながら言った。
「ゴリがケーキ!」
隣で花道が大爆笑する。更にその隣では、三井サンが口に手を当てて笑っていた。
「に、似合わねー!」
「お前さぁ」
部活を終えて着替えをスポーツバッグにしまっていると、三井サンが話しかけてきた。
「何スか?」
「直接言えば良いだろーが。ケーキくれって」
「……! ……何で知って……」
「モテるんでな、オレ様は。見た目どーり」
今日、オレのクラスの女子が調理実習でケーキを作ったのだ。
当然、アヤちゃんもケーキを1個持ち帰るわけで。
「もらったんスか? ケーキ」
「まぁな。うらやましーだろ」
……モノ好きもいるモンだ。
「だから聞いたんだろ? 好きな食べ物」
変なトコで勘が良い。三井サンはそういうヤツなのだ。
「だって……言えないスよ」
「本当はケーキ好きでもなんでもねーからか?」
ファスナーを閉めようとしていた手を止めて、オレは三井サンを見た。
「この前、チョコ嫌いって言ってたぜ」
……思い出した。
花道がバレンタインデーの話を持ち出したとき。
売り言葉に買い言葉で、『チョコなんて嫌いだからな』と暴露してしまったのだった。
「……嫌なコトは覚えてるんスね」
「ああ? 記憶力が良いだけだろーが」
……この自信はどっから出てくるんだか。
「オレは、アヤちゃんの作ったモンなら、何でも良いんス」
スポーツバッグのファスナーをきちんと閉めて、肩にかけた。
「……だから、それを言えっつってんの」
「え?」
「そのまま、それを言えば良いだろーが。ったく、情けないヤローだぜ」
三井サンはそう言って、ドアの方へ向かう。
オレも慌てて、靴を履き替えた。
すでに更衣室から出て行った三井サンを追いかける。
「三井サン!」
三井サンは、少しだけ振り返ってこちらを見た。
「じゃあな」
そして、右手を少しだけ挙げて、すたすたと歩いて行った。
「あれ? リョータ、まだいたの?」
仕事を終えたアヤちゃんが、やっと体育館から出てきた。
「キャプテンがいないと締まんないわね。しっかりしてよ、次期キャプテン候補!」
アヤちゃんが、オレの肩をばしばしと叩きながら言う。
「アヤちゃん」
「ん、なーに? ……あ、そーだ! ちょっと待ってて、リョータ」
右の手のひらで『ストップ』の合図をして、アヤちゃんは女子更衣室に駆け込んだ。
待っていると、箱を一つ抱えてこちらへ戻ってくる。
「はい、これ。ケーキ。今日作ったやつ。あげる」
オレが呆然と箱を見つめていると、アヤちゃんは首を傾げて言った。
「さっき言ってたでしょ。ケーキ好きだって」
「……ごめん、ウソなんだ。オレ実は甘いモノ苦手で……」
「そーなの? じゃ、持って帰るか」
「…………」
言葉が見つからない。
「いーよ、先帰ってて。まだ着替えてないし」
アヤちゃんの足が更衣室に向く。
さっきの三井サンの言葉を思い出す。
「ア、アヤちゃんのケーキなら、食べてみたいな」
アヤちゃんは目をぱちくりさせながら、こちらを振り返った。
「なーんて……」
顔が赤くなるのを自覚して、俯く。
少しの沈黙。
「……しょーがないわね。ありがたーく食べなさいよ」
前を向くと、目の前にケーキの箱があった。
両手でその箱を抱える。
「大丈夫よ。甘さ控えめだから」
アヤちゃんの笑顔に、胸が熱くなる。
「何、泣いてんのよ。全く。涙もろいんだから」
そう言って、再び女子更衣室に向かうアヤちゃん。
軽いはずのケーキが、なぜだか重く感じた。
「あ、やっぱり待ってて、リョータ。今日は一緒に帰ろ」
閉めかけていた更衣室のドアから顔を出して、アヤちゃんが言った。
体育館に続く廊下に、透きとおるような声が響く。
信じられない出来事の連続に、思わずガッツポーズ。
――END――
Back