「日々燦々」
「良いんじゃない?」
昼休み。
部活に向けて疲労回復をはかる仙道の前に、
1人のクラスメイトが立ちはだかった。
彼は何事かを小さな声で仙道に話し、
目を丸くしたまま、返事を待つ。
彼は特に仲が良い、というわけでもないのだが、
隣の席になってからやたらと仙道に助言を求めてくるのである。
問題は色々であったが、今回は学園祭が近いので、
学級委員としてどう振舞うべきであるか、ということらしい。
話を聞きながら、誰かに似ている、と仙道は思っていた。
が、肝心の名前が思い出せない。
誰だっけ?
「良いんじゃない?」
先ほどの台詞を繰り返す。
効果うんぬんではなく、ただ他の単語が出て来ないだけである。
二度目の言葉に、そのクラスメイトは何度も頷いた。
「やっぱり? そうだよな。サンキュ」
勢い良くイスから立ち上がり、さっさと自分の席に着く、クラスメイト。
まいったな、と心の中で呟いて、頬杖をつく仙道。
小さくため息をついてから立ち上がり、廊下へと向かう。
歩いていると、後ろから声をかけられた。
「仙道、ちょっと手伝ってくれ」
担任の先生が手を振って仙道を呼ぶ。
本日二回目のため息をついてから、そちらへ向かう仙道。
「いやー、悪い悪い。あんな高い所のもの、オレには無理だからさ」
仙道は上背をいかして、最も天井に近い所にある資料をひょいと下ろした。
背が小さい、で有名な先生には到底できない芸当である。
「おお、サンキュ」
……眠い。
仙道はそう思いながら、教室へ戻った。
席に着くと、ちょうど予鈴が鳴った。
「あれ?」
何しに廊下に出たんだっけ?
仙道は慌てて立ち上がり、廊下へと急ぐ。
ホームルーム終了後。
仙道が体育館へ行くため、カバンを手に取ったときだった。
「仙道」
またしても、クラスメイトに声をかけられたのである。
今度は後ろの席の人。
名前は…………何だっけ?
「悪ィ、掃除当番変わってくれないか?」
仲の良いクラスメイトの名前以外は、基本的に忘れている仙道であった。
そのクラスメイトが担当するはずだった、校舎裏へと向かう。
普段から掃除の行き届いた場所だけに、
簡単なゴミ拾いだけで済んだ。
帰ろう、と踵を返すと、仙道は、またまたクラスメイトに呼び止められた。
「ゴミ捨てはジャンケンな」
「え?」
そこまでする義務があるんだろうか、と仙道は思ったが、
すでに勝負は始まっていた。
「最初はグー」
仕方なく、右手を出す。
「じゃんけんぽん」
グー・グー・チョキ。
完敗だった。
「うそぉ」
仙道は口をへの字にして、目を丸くした。
2人は、じゃあな、よろしく、と言い残して遠ざかる。
何だか今日は複雑な日だ。
仙道は無事ゴミ捨てを終え、やっと体育館に辿り着いた。
襲い掛かる眠気と戦いながら、着替えを済ませ、練習を始める。
「仙道、今日も掃除当番だったのか?」
準備運動をしていると、越野が仙道に声をかけてきた。
「いや、違うけど、違わない」
越野はすでに、体育館の中を走っている。
「は? 何だそれ?」
笑いながら、越野が言う。
「さ、行こーか」
仙道はそう呟いて、走り出した。
「休憩時間ですよー」
陵南には、マネージャーがいないため、
一年生が代わりを務めることになる。
今日笛を吹いたのは、相田彦一だった。
思い思いの場所で休んでいると、入口から聞き覚えのある声がした。
「こんにちは〜」
少しイントネーションの違う言い方に、
仙道は記憶をたぐり寄せた。
「げ! 姉ちゃん!」
その声に、彦一の姉だと気がつく。
「何しに来たんや!!」
彦一が顔を赤らめて手をばたばたさせた。
「何って、取材に決まっとるやないの。これ、差し入れ」
大きなアイスボックスを床に置きながら、弥生が言う。
弥生は、まだ何か言いたそうにしている彦一を差し置いて、
もう片方の手に抱えていたパイプイスを組み立てた。
そして、できあがったイスに腰掛ける。
「要チェックやわ」
部活終了。
「仙道くん」
仙道が体育館から出ようとすると、
後ろから弥生に呼び止められた。
「ちょっと、良い?」
以前にも受けたような質問ばかりだったが、
5分ほど話しただろうか。
ほとんど会話のリード権は弥生が握っていた。
仙道は、うんうん、と頷きながら、
お昼休みに話しかけてきたクラスメイトの顔を思い出していた。
目の前にいる、彼女に似ているのだ。
仙道は少しだけ、口元を上げた。
「どうかした? 仙道くん」
「いや、なんでも」
弥生が玄関から出るのを見送ってから、仙道は更衣室へと向かった。
弥生の質問攻めにあっているうちに、皆帰宅してしまったようだ。
腕時計を見て、時間を確認する。
「あ」
時計の針は、仙道が毎週楽しみにしている番組が終わる時間を指していた。
気を取り直して、差し入れがある、と言っていた弥生の顔を思い出す。
更衣室に入ると、そこにアイスボックスが置いてあった。
着替えを済ませて、中を覗く。
仙道の目に入ったのは、アイスキャンディが1本。
どのくらい入ってたんだろう、と思いながら、最後の1本を手に取る。
「ま、いーか」
仙道は歩きながら、アイスの袋を開けた。
少し行儀が悪いと思ったが、溶けてしまうよりはましだろう。
何より、別のことを考えていなければ、睡魔には勝てそうにない。
そのアイスは、駄菓子屋に売っているような懐かしいデザイン。
半分ほど食べ終わると、木でできた棒に、
文字がかかれているのが見えた。
仙道は少しだけ笑う。
二文字目は『た』。
全部食べ終わると、そこに出て来た文字は、
『あたり』。
……こういうの、何て言うんだっけ?
仙道は、今日の出来事を言い表したことわざを思い出そうと首を掲げた。
えーと……。
…………。
思い出せない。
ただ、帰り道中ずっとそれを考えていたおかげで、
眠気を追い払うことができたのは、
幸せだったかもしれない。
――END――
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