「50」


「これやる」

着替えを終えて女子更衣室から出ると、流川くんが立っていた。
何度も夢見てきたこととはいえ、あまりの驚きで声がでない。

「年賀状当たってた」

私が目をまん丸にして黙っていると、流川くんが歩いてきた。

「だからやる」
ちょうど私の顔の高さにくるように握られている、流川くんの大きな手。

その手にあるのは、切手シートだった。
年賀状のくじの下二桁でもらえる、80円と50円切手がついているもの。

当たった……?

「オレは出してない」
バスケ部員の間では、年賀状は出さないことになっている。
彩子さんは、『みんな面倒くさいのよ、アタシもだけど』と笑っていた。

だから、流川くんから年賀状が来なかったのは当然で。
それでも私が流川くんにハガキを出したのは、
どうしても元旦に言いたい言葉があったからだった。

「あの、もしかして、私が出した年賀状が当たったの?」
そう尋ねると、流川くんはこくりと頷いた。

「そんな。流川くんが使って」
「出してないから、もらえない」
つまり、返事を書いていないから、当たった切手シートももらえない、ということらしい。

「でも、私が勝手に出しただけだし」
直接言えない言葉を、書いて伝えたかっただけなのに。
流川くんは手を伸ばしたまま。

沈黙が10秒ほど続いた。

流川くんは絶対に曲げないだろう。

「じゃあ」

私は流川くんが握っていた切手シートから、50円切手だけを切り取った。

「こっちだけ、もらっていい?」
流川くんは不思議そうにこちらを見ている。

「そっちは、流川くんがもらって」
「……」
「いつか、その切手で私に手紙を送ってくれたら嬉しいかな」

なーんてね、と口を開きかけたとき、流川くんはしぶしぶ右手を引っ込めた。

「わかった」

え?

流川くんが私に手紙を?

自分でまいた種とはいえ、顔がりんごみたいになってしまった。

「じゃあ」
くるりと玄関に向かう流川くん。

今なら言えるかもしれない。

「流川くん」
私が声をかけると、流川くんは、首を少しだけ後ろに向けた。

「遅くなったけど、誕生日おめでとう」

かすかに頷いたように見えた流川くんは、すたすたと靴箱へ。
私はてのひらの中の50円切手を見つめた。

「あ……」
誕生日プレゼント、と言えるだろうか?

「私がもらってどうするのよ、もう……」

切手は、肌身離さず持っていることにしよう。
いつか来るかもしれない流川くんからの手紙。

その返事を書く日まで。



――END――




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