「ある朝」
「あれ? おはよう、三井。早いな」
朝練前の軽いランニングも兼ねて、走って体育館に来たら、
三井が裏の入口を開けて座っていた。
「……おう」
「今日、一時間も早く目が覚めちゃってさ。もしかして、三井もか?」
「……まぁな」
三井は外を向いたまま、こちらを見ようとしない。
「……どうした? 具合でも悪いのか?」
近付いて見てみると、両手に1本ずつアイスキャンディーが握られている。
「……見ーたーなー」
三井は来る途中で、懐かしいアイスキャンディーを見つけて、つい買って来てしまったらしい。
「ったく。オレ様の朝のなごみのひとときを邪魔しやがって」
「いやぁ、ごめんごめん。オレも良く食べたよ、それ」
三井が買って来たのは、1袋に2本入っているものだった。
「1袋で2本食べられるだろ? 子供の頃はお得だと思ってたし」
オレがそう言うと、三井は不思議そうな顔をした。
「え? だって、お得だろーが。2本入ってんだぞ、2本」
「……1本分のグラム数しかないだろ、2本で。だから、同じなんだよ」
「気分だよ、気分。ほら、五千円札1枚より、千円札5枚の方が多く感じるだろ?」
「……そうかぁ?」
三井の有無を言わさぬ発言に、思わず笑ってしまった。
「食うか?」
「え?」
左手に持っていたアイスキャンディーをこちらに差し出して、三井が言う。
「もう1袋買ってあんだよ。じゃなきゃやんねーよ」
なるほど。
「じゃ、もらうよ」
おとなしく、1本を受け取った。
一口かじると、小学校3年生の夏を思い出した。
「何してんだ、2人で」
聞き慣れた声に後ろを振り返ると、赤木が立っている。
「うげっ! 赤木!」
「おはよう、赤木」
「何食ってんだ?」
「おめーの分はねーぞ」
片方の眉を上げて尋ねる赤木に、三井が冷たく言う。
「もう1袋あるんだろ?」
オレが口を挟むと、三井はあからさまに怒った顔をした。
「木暮、てめー覚えてろよ」
そして、小さい声でそう呟いてからもう1つの袋を開けて、1本を赤木に渡した。
「良いのか? 食わなくて」
赤木が三井に意地悪く言う。
「良いんだよ。もう1本あっから」
赤木は、立ったままアイスキャンディーを口にした。
「懐かしいな……」
「ゴリラでもアイス食うのか?」
三井は、赤木の一言にとんでもない言葉を返す。
「……何か言ったか?」
「まぁまぁまぁ。で、でも不思議だよな。こうして3人でアイス食べてるなんてさ」
「……まぁな」
三井が、何かを噛み締めるように呟いた。
「良いだろう。たまには」
あと1口になったアイスキャンディーを片手に、赤木が言う。
「いや、待てよ。何が悲しくてこんなとこで男3人まったりしてんだよ!」
三井は、空いている右手で頭を抱えた。
「青春だろ、青春」
オレがそう言うと、三井は凍りついたような表情でこちらを見た。
「木暮……サムいこと言うなよ」
「え? オレなんか言ったか?」
「三井、もう1本食わんのか?」
赤木が、棒だけになったアイスキャンディーで三井を指す。
「食うよ! おめーにはやらねーぞ!」
三井は慌てて、2本目のアイスキャンディーをたいらげた。
オレと赤木は、顔を見合わせて笑った。
次にこのアイスキャンディーを食べるとき、思い出す風景は今日このときだと良い。
心からそう思った。
――END――
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