「女ー!?」
海南大附属高校バスケ部の部室に、響き渡る声。
「第六感」
「ま、まじスか」
その声は、一年の清田信長が発したものだった。
「いや、ちらっと見ただけだけどな」
着替えを終えた二年の武藤正が、カバンを肩にかけながら言う。
「彼女、ですかね」
清田はそう言って、ヘアバンドを外した。
隣を見ると、同じく二年の神宗一郎が、タオルをカバンにしまっているところだった。
「直接聞けば良いのに」
神は不思議そうに清田と武藤を見た。
「だってさぁ、もし生き別れた妹とかだったらどうすんだよ」
武藤はそう言って、顔をしかめる。
「それはないと思うけど……」
いきなり飛躍した話に呆れ顔の神が、カバンの中ファスナーを閉めた。
清田は腕組みをして、何か考え込んでいる。
「妹じゃないですか? 普通の」
「普通のって……」
清田の発言に笑いながら、神がツッコミを入れる。
「もしかして、宇宙人とかだったりして」
武藤がさもおかしそうに言う。
神がまさか、と思いながら清田のほうを見ると、その顔が凍りついていた。
「ま、まさか……」
「信長、UFOとか信じてるのか?」
神が尋ねると、清田は瞬きを繰り返しながら頷いた。
「だって、見たことあるんスよ! オレ」
組んでいた腕をほどいた清田が、天井を指差す。
「いや、もしかして、幽霊かもな」
武藤がまたも眉間にシワを寄せながら呟いた。
神は片眉を上げて、武藤のほうを見た。
明らかに、清田の反応を面白がっている顔だ。
「幽霊……」
片腕を上げた体勢のまま、清田が動きを止めた。
武藤は必死で笑うのをこらえている。
神が清田に何か言おうと口を開きかけたとき、
部室の扉から牧紳一が入って来た。
「まだ帰ってなかったのか?」
牧は三人を見て言う。
「お疲れさまです」
神が牧に声をかけた。
清田と武藤も、それに続く。
だが、清田は動揺の色を隠せない。
「あ、も、もう帰るところっス」
急いで着替えをカバンに詰め込む清田。
「そうだ、清田」
牧が清田のほうを見ながら言う。
「な、なんスか」
カバンを慌てて肩にかけてから、清田が返事をした。
「おまえ、霊感とかないか?」
着替えの手は止めずに、牧は清田に尋ねた。
「れ、霊感スか?」
清田の肩が、ぴくりと動く。
「そうだ。幽霊とか信じないほうか?」
牧は真剣な表情で聞いている。
突拍子もない話に、神と武藤は顔を見合わせた。
「最近、良く見るんだよ」
牧のその言葉に、清田はごくりと唾を飲み込んだ。
「見るって……」
「幽霊だよ、幽霊」
「牧さん、霊感あるんですか?」
牧と清田の会話に、武藤が横から口を挟む。
「ああ。小さい頃から良く見えてたからな」
バスケが好きだ、とでも言うように、さらりと牧が答える。
「ま、まじスか」
清田は完全に顔を蒼白にしていた。
「この前も、道歩いてたら、女の人が見えた」
牧は天井を見上げて、思い出すように言う。
今度は武藤が、ごくりと唾を飲み込んだ。
「それって、まさか、日曜日、ですか?」
「ああ、そうそう。……何で知ってるんだ?」
不思議そうに武藤を見つめる牧。
「じゃあ、あれ、あれ、あれは……」
武藤の顔がみるみる白くなる。
「うわあああああああ」
叫びながら、慌てて部室を駆け抜けて行く武藤。
途中、扉にカバンがひっかかり、大きな音を立てた。
「何だ? あいつは」
牧はいつの間にか着替えを完了していて、カバンを肩にかけた。
清田はその場で、硬直していた。
「ん……?」
そんな清田を見ていた牧が、目をこする。
「清田……」
牧は目を丸くして、清田の肩あたりを指差した。
「な、なななな、何スか」
清田はきょろきょろと自分の周りに何もいないことを確認する。
「肩に男が乗ってるぞ」
牧がその台詞を言い終える前に、
清田はこの世のものとは思えない雄叫びをあげて部室から出て行った。
取り残された牧と神は、顔を見合わせた。
「牧さん、やりすぎじゃないですか?」
神はふうっとため息をついてから、牧に聞いた。
「あのくらいしないと、わからんだろう」
よほど噂話が気に食わなかったのだろう、牧が肩からため息をつく。
「その女の人っていうのは?」
神は直球を投げてみた。
「道を聞かれただけだ」
牧もストレートに返して、部室の扉を開けた。
神も続いて、廊下に出る。
「霊感は?」
神が部室の鍵をかけ終わった牧に聞く。
「あるわけないだろう」
笑いながら、牧が答えた。
そうだろうな、と神は思う。
もし本当なら、牧自身の肩にいる男の人に気がつくはずだから、と。
――END――
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