「第六感・2nd」
「変な跡?」
海南大附属高校のバスケットボール部部室。
清田と牧と神が、練習を終えたところだった。
「そうだ。砂浜に降りる階段から、波打ち際までずっとだ」
牧が神に説明する。
「二本の線ってのが謎っスよね」
清田が汗を拭いながら言う。
牧の話では、サーフィンのために出かけた海辺に、謎の跡が残っていたらしい。
「良く行く場所だが、あんな跡は初めて見た。
もちろん砂浜には足跡が残るが、あれは普通の靴跡とも違う」
「でも、二本だったら、人の可能性の方が高いんじゃないですか? いたずらとか」
神が着替えを始めた。
「……まさか、幽霊とかじゃないですよね」
ごくりと唾を飲み込んで、清田が身震いする。
「ああ。もしかしたら、もしかするかもな」
「ま、牧さん……。冗談スよね?」
「いや。そういえば、人の気配がなかったな」
腕組みする牧に、神が溜め息をつく。
以前、清田と武藤が牧の噂話をしていて、とんでもない目に合った。
その一件以来、二人は牧に霊感があるのだと信じ込んでいる。
「その跡、まだありますかね?」
神が聞いた。
「ああ、見つけたのは今朝だからな。まだ残ってるだろう」
答えながら、牧はシャツに腕を通す。
「現場に行ってみませんか?」
「な、ななな、何言ってるんスか、神さん」
清田がズボンを左右逆にはいていた。
「信長、ズボン逆」
冷静にツッコミを入れてから、神は牧を見る。
「そうだな。もう一度見てみるか」
「あの……オレ、用事あるんで」
清田が慌てて口を挟んだ。
「何だ、怖いのか?」
「そ、そんなわけないっスよ。何言ってるんですか、牧さん」
「まあ、無理にとは言わん。用事があるんだろう?」
「……そういえば、用事は明日でした!」
自分の頭をばしばしと叩いて、清田が作り笑いを浮かべた。
牧は満足そうに頷く。
「信長、ブレザーが裏返し」
神が冷たく言い放った。
「これですか?」
現場に辿り着いた三人は、早速現場検証を始めた。
すでに外は暗かったが、街灯のおかげで辺りは見渡せる。
「ああ、それだ」
牧が説明した通り、階段から波打ち際までくっきりと二本の線が引かれていた。
それは所々消えている。
「深さはそんなにないですね」
神はしゃがみ込んで、その跡をまじまじと観察していた。
「何か……足跡がたくさんついてません?」
「ん? ……本当だな」
「……きっと、動物ですよ。ネコとかイヌとか!」
清田は先ほどからきょろきょろと視線を動かしている。
「いや、動物じゃない」
牧が確信したように言い切った。
「じ、じゃあ自転車とか!」
「いや、自転車でこの階段を降りるのは大変だろう」
神は二人のやりとりを無視して、考え込んでいる。
「じ、じゃあ、まさか……」
清田が一歩後ずさった。
「ああ。多分……」
牧は清田の右上を見て、静止した。
目を丸くして、清田が口を開ける。
「信長、この跡は……」
神が立ち上がった。
「間違いなく幽霊の仕業だな」
牧の台詞を聞いた清田は、金魚のように口をぱくばくさせた。
「ん?」
いつの間にか、清田に黒い影がのし掛かっている。
「牧さん。何してるんですか、こんなところで」
「ぎゃああああ!」
清田が叫びながら尻餅をついた。
「仙道」
その声の持ち主は陵南の仙道だった。
「こっちの台詞だ」
牧が仙道に言う。
「今朝、家の鍵落としちゃって」
「ここにか?」
「はい。結構釣れたんで散歩して帰ろうと思ったら、魚住さんと越野に連れてかれて」
仙道が照れくさそうに頭をかいた。
「そうか。オレはこれを見に来たんだ」
牧は謎の二本線を指差した。
「どう見ても怪しいだろ?」
清田はやっと我に帰ったようで、むくりと立ち上がった。
神は二人のやりとりをじっと見守っている。
「そうですね……きっと、霊的なものなんじゃないですか?」
仙道はけろりと言いのけた。
「仙道もそう思うか?」
牧が仙道を見やる。
「はい。多分」
「あ、あばばば……」
清田はいつの間にか後ろ歩きのまま、階段を昇り始めていた。
生温い風が吹く。
「それだけ、わかれば良い。帰るか」
牧は満足そうに頷いた。
「そうですね。もう帰りましょう」
神が小さく溜め息をつく。
歩き出そうとした二人を、仙道が呼び止めた。
「あ、牧さん、待って下さい」
「ん?」
「牧さんの肩に誰か乗ってますよ」
仙道が唇を斜めにする。
「ああ、わかったわかった。もう良いんだ。清田をおどかそうと思っただけだ」
牧はその台詞を笑い飛ばした。
「いや、でも……」
「じゃあな、仙道」
まだ何か言おうとしている仙道を残して、牧が清田の元へ向かう。
「本当は?」
神は聞きながら仙道を振り返った。
「え?」
仙道が首を傾げる。
「この跡をつけた犯人は?」
「オレが今朝魚住さんと越野にひきずられた跡が、これ」
二本線事件の実行犯は仙道だった。
「やっぱり」
神が空を見上げる。
「でも、牧さんの……」
「うん。多分、この海にいた人だと思う」
仙道は目を丸くして、歩き出した。
神もそれに続く。
「これで牧さんが弱くなるってことは……」
「ないと思う」
二人は清田と話している牧の右肩を、何となく見ていた。
――END――
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