「第六感・桜」
「だって、不気味なんスよ」
清田が、牧を見上げるように言った。
「不気味?」
牧は全く意味がわからない、というふうに腕を組んだ。
「何が不気味なんだ? 学校の敷地内じゃないか」
海南大学附属高校の、バスケットボール部部室。
そこには清田と牧と神がいた。
椅子に座り小さくなっているのが清田。
彼を見下ろす形で溜め息を吐いたのが、牧。
神は着替えをしながら、二人のやり取りを聞いていた。
「そもそもあそこを迂回すれば、人より走る距離が長くなるんだ。
別に止めはしないが、時間の無駄にならないか?」
牧が尋ねているのは、清田のトレーニングについてだった。
個人練習を尊重している海南バスケ部でも、もちろん全体練習はある。
今日は全員でランニングを行ったのだが、清田は途中でコースから抜けてしまった。
「そうなんスけど……いや、やっぱりダメです」
清田が無言で首を振る。
「だから、何がダメなんだ?」
「牧さんは何か感じないんスか?」
「ん?」
着替えの手を止めて、神が清田を見た。
「もしかして、あの桜の樹か?」
静かな口調で、牧が告げる。
清田の顔色がみるみる白くなって行った。
「有名だからな、いわゆる七不思議というやつだろ。
理科室の標本と、体育倉庫の鍵。
音楽室のピアノ、一階の東階段、職員用トイレに家庭科室の掃除用具箱。
そして、最後は校庭の桜だ」
牧が指を折りながら説明した。
「あの桜だけ色が濃くないっスか? しかも、毎年一番最初に満開になるし。
散るのも早すぎますって」
首を横に動かしながら、清田は自分の二の腕をさすった。
「絶対、あの桜の樹の下には死体が埋まってますよ」
「死体?」
牧が目を見開く。
信じられない方向へ進んで行く話に、神は呆れて両肩をすくめた。
「だって……そもそもあの桜だけ赤いじゃないスか!
人間の血を吸う桜は赤いって、映画で観たんです、オレ」
「いや、でもなぁ」
うーん、と唸り声をあげる牧。
清田はとある一件から、牧に霊感があると思い込んでいた。
「あの桜の樹の下には、死体なんてないよ」
神は仕方なく、口を挟んだ。
「牧さんも何も見えないんですよね?」
突然の神の言葉に、牧は一瞬沈黙した。
「ま……牧さん」
沈黙を破ったのは、清田だった。
「どうなんスか!」
「ああ、あの樹の下には何も見えない」
「マジスか!?」
「ああ」
「じゃあ、なんであの桜だけ赤いんスか?」
半分泣き出しそうな顔で、清田が尋ねる。
「あの樹は、ソメイヨシノとは別の桜。一足早く咲く種類だと思う」
神が鞄を肩にかけた。
「そうだ。だから、あの桜だけ色が濃いんだ」
頷く牧に、清田の表情が和らぐ。
「マジスか!?」
「ああ」
「良かった〜!」
清田は立ち上がり、思い切り万歳をした。
「明日からは、まっすぐ走れよ」
苦笑しながら、牧が清田に念を押す。
「わかりました! いやー良かった良かった!」
満開の笑顔を残して、清田が部室をあとにした。
「あんなことを気にしてたのか、全く」
窓の外に目をやって、牧が笑う。
桜の花びらが何枚か、地面に落ちて行った。
「あいつ、まだオレに霊感があると思ってるのか」
「そうみたいですね」
「いい加減、誤解を解こうかと思ったんだが、まあ良いか」
上着を羽織る牧の背中に、神が言った。
「七不思議なんですけど……」
「ああ」
「理科室は標本じゃなくて、人体模型です。
それと、家庭科室には自殺した女の子がいるって」
「そうなのか?」
「はい」
「歴史ある学校だからな。七つくらい不思議があっても、不思議じゃない」
神の発言を、牧が笑い飛ばした。
「毎日走ってたら、イヤでもわかりますよ」
「ん?」
「あの桜の樹の下には、死体なんて埋まってません」
神がきっぱりと否定する。
手のひらを神にかざして、牧がストップの合図をした。
「まあ、そうだろうな。戸締まりは頼んだぞ」
「はい」
出て行く牧を見て、神は小さく呟いた。
「埋まってるのは、隣の樹です」
――END――
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