「楓」


赤木晴子は、ゆっくりと公園の池の周りを歩いていた。
何かをゆっくりと踏みしめるかのように。

それは、季節かもしれないし、
また、落ちている赤い葉なのかもしれなかった。



彼女は、青いジャージ姿で、上に赤と黒のジャンパーを羽織っている。
背中には、彼女が所属する、湘北高校バスケットボール部の文字。

部の朝練習の前に、通り道であるこの公園に寄ったのだった。



池の淵にある、一番大きな樹の下で、彼女は歩みを止めた。
その樹は、たくさんの葉をつけていて、
きれいな赤色の服を着ているようだった。

彼女は、湘北のユニフォームを思い出す。



そして。



何よりも、この葉から連想してしまう人がいた。



流川楓。



彼女は、なぜ一月生まれの彼がその名前を持っているのか、知らなかった。

それだけではない。

彼のことなど、何もわからない。



バスケ部のマネージャーになった今も、それは同じだった。
ただ、声援を送るだけだったときと。

彼女は、純粋に、バスケが好きだった。
もちろん、やりがいのあるマネージャーの仕事も。



けれど。



自分の中の何かが、期待している。

一歩だけでも、彼に近づきたいと願っているのだ。



仕事中は、雑念などない。
けれど、気がつくと、目で追っている。

ときどき、そんな自分に腹が立った。



彼女は、池の水面に目をやった。
風で、池の中心に散らばる紅葉。

そこから広がる、波紋。

少しの風で、揺れる水面。



今日、部内の紅白戦があることを思い出す。



一枚の葉が、彼女の肩に舞い降りた。
彼女は、ゆっくりとそれを手にとる。

赤い紅葉。



『楓』



葉は、また来年樹の一部になるためだけに、落ちる。

彼女はしゃがみこんで、手にした紅葉を水面に浮かべた。

風で起きる小さな波が、葉を彼女から遠ざけた。

一瞬、悲しそうな表情を浮かべた彼女が、思い直したように歩き出す。
その歩みは、とても力強い。

降り積もる紅葉を踏みしめるように。



今は、秋。



―――池のほとりで羽を休めていた鳥だけが、それを見ていた―――



――END――




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