「越野くんの受難」


「仙道はどこだー!」

また始まった。
体育館中に響き渡る、怒声。
キングコングだってビビるぞ、多分。

魚住さんはここ一週間ほど、毎日部活に顔を出していた。
遅刻常習犯の仙道に喝を入れるためだ、とか何とか。
実際は引退して寂しいから、というのが理由だと思う。

「今日はまだ来てませんね」
彦一がきょろきょろと体育館を見回した。

「今日は、じゃない。今日も、だろ」
ぎろりと部員を睨みつけて、キングコング……魚住さんが唸った。
背後に炎が見えるのは気のせいか?

「また釣りか? ……行くぞ、越野」
「へ?」

……しまった。
あまりに唐突だったので、うまい返しが出来ない。

「監督が来る前に、連れ戻すぞ」
何でオレ? と思ったけど、言わないことにする。

「帰って来るまでに、準備しておけ。頼むぞ、植草」
肩を叩かれた植草が静かに頷く。
隣にいた福田が、明らかに不機嫌になった。
キャプテン交代の噂が流れてから、福田は何かとオレにつっ掛かってくる。

「行くぞ、越野」
「はい」
オレはニヤリと福田に笑いかけた。



いつもの港へ向かうと、仙道の姿はなかった。
「仙道ー!」
魚住さんは更に怒りの炎を増幅させた。
このままそばにいたら、やけどするんじゃないのか?

「ん?」
港の端から海岸線を覗くと、明らかに大きな人間が浜辺を歩いている。

「魚住さん、あれ」
「……いたか」
オレ達は急いでそちらへ走った。

「仙道ー!」
浜辺をものすごい勢いで突進して行く、キングコング魚住さん。
仙道はゆっくりとこちらを振り返った。

「今日は大漁ですよー、魚住さん」
浜辺にはちらほらと人影が見える。

「何が大漁だ!」
オレは急いで階段を降りて、魚住さんの横に並んだ。

「全く、オマエにはキャプテンとしての自覚がないのか」
「いや、一応あると思うんですけど……」
出た。仙道のあやふや回答。

「良いか、オマエが部員をまとめて行くんだからな。キャプテンが遅刻してどうする」
魚住さんの長い説教が始まった。
明らかにいつもより小さく見える仙道は、背中を丸めて俯いている。

「行くぞ、越野」
「へ?」

またか。突然オレに矛先を向けるのはやめて欲しい。

「今度遅刻したら、家を継いでもらうからな」
魚住さんは仙道の左肩を掴んだ。

「うぇ」
仙道が妙な言葉をもらす。
オレは仕方なく仙道の右腕を引っ張った。
ずるずるとひきずられる仙道は、沈黙したままされるがまま。

「全く……」
怒りながらもどこか楽しそうな、魚住さん。
「良いか、仙道。キャプテンというのはな……」

「魚住さん」
仙道が呟く。
「この魚、店にどうですか?」

あーあ。キングコング、大爆発?

「いらんわー!」
砂浜でお城を作っていた子どもたちが、不思議そうにこちらを伺っている。

仙道がキャプテンをクビになる日は……近いんだか、遠いんだか。



――END――




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