あの日は雨が降った。
そう、丁度今日のような夕立が。
「虹」
「神宗一郎です。ポジションはセンターです」
海南大附属高等学校、バスケットボール部。
神奈川NO.1・ポイントガード、牧紳一を有する超強豪で、
県内の中学でバスケットボールをたしなむ者なら誰もが憧れている名門だ。
もちろんオレも例外ではなかった。
合格発表で自分の番号を見つけたときの喜びは忘れられない。
バスケットボールをやると決めたときから、ずっと目標だった。
「お前にはセンターは無理だ」
だから、監督からその言葉を聞いたとき、オレは途方に暮れた。
オレのいた中学はお世辞にも強いとは言えないチームで、
もちろんポジション争いなど経験したことはなかった。
悔しい、悲しい、苦しい。そのどれでもない。
ただ大きな喪失感だけだった。
ずっと目標だった。
ここでバスケットボールをすることが。
*
「ぐわー、ぬれたー!」
清田信長――自称神奈川NO.1・ルーキー。
1年ながら、驚異的なジャンプ力と大胆なプレイで海南バスケ部のレギュラーを獲得した。
「いきなり降ってきたんスよー」
買い物途中に夕立に遭ってしまった信長は、
どうやらオレへの差し入れを持ってきてくれたようだ。
「シュート練習終わったんスか?」
突然の雨でぬれてしまった上着を手で払いながら――あまり意味はなさそうだったが――
信長が言った。
「たった今終わったところ」
500本のシュート練習を終えて、屋根のついたベンチに座り、休憩していたところだった。
「結構広いっスね、この公園」
家の近所では唯一バスケットゴールが設置されている場所だ。
シュート練習を始めてから、この公園にはお世話になっている。
*
雨の音を聞きながら、練習をしていた。
体育館の屋根に激しく打ち付ける雨。夕立だろう。
練習中も、監督の言葉がずっと離れなかった。
自分に才能がないことはわかっていた。
でも、それは努力で補えると思っていたし、これからもそうするつもりだった。
どうすれば。
どうしたらコートに立ち続けることができるだろう。
ずっとそれを考えていた。
休憩時間。
オレはふと雨を見たくなって、玄関へと急いだ。
辿り着いて外を見ると、夕立が止んでいる。
そしてそこに見えたのは、綺麗な弧を描いた虹だった。
「まるで3ポイントシュートの軌跡だな」
気が付くと、すぐ後ろに牧さんがいた。
「皆、天才じゃない。うちには天才などいない」
声を掛ける間もなく、牧さんが続ける。
「……先に行ってるぞ」
もう一度、大きな虹を見た。
3ポイントシュート。
これしかない、と思った。
*
差し入れのおにぎりを食べ終わると、雨が止んだ。
「さ、帰るか」
「愛車、乗って来たんス」
愛車とは、信長の自転車のこと。
「ところで、明日の勉強しなくて良いのか?」
明日からテストだった。テスト一週間前は部活動が休みになる。
「それは言いっこなしってことで」
両手でバツ印を作ってから、信長が自転車の鍵を外した。
ふと空を見上げると、虹が出ている。
「おあー! でっかい虹っスねー」
公園をすっぽりと覆う虹。あの日と同じくらい大きい。
「何か、神さんの3ポイントシュートみたいっスね」
その言葉に驚いて、信長を見た。
「……え? オレ、何か変なこと言ったっスか?」
「いや、何でもない」
もう一度、空に架かる虹を見上げた。
頭上には、鮮やかな紫色。
あと少しで、県大会が始まる。
――END――
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