1/10秒
目覚まし時計に手を伸ばして、晴子がうなった。
「まだ十分も早いじゃない……」
低血圧の晴子にとって、それは奇跡だと言えた。
今まで学校に遅刻したことはないが、朝は苦手中の苦手である。
二度寝するわけにはいかなかったので、晴子は仕方なくベッドから出た。
身支度をして、朝ご飯を食べる。
上着を羽織り、家を後にした。
マネージャーになってから、部活の朝練に参加するようになった。
強制ではないものの、今は全員がやって来る。
秋の空は晴れ渡っていて、空気は澄んでいた。
早起きは三文の得、ということわざを思い出す。
結局、いつもより五分ほど早く学校に到着した。
靴を履き替えて、体育館へ向かう。
廊下を歩いていると、体育館からバスケットボールの音が聞こえてきた。
晴子は歩みを早めて、中を覗いた。
誰かがシュート練習をしている。
「流川くん」
晴子は思わず両手のひらを頬に当てた。
ボールが、次々にネットに吸い込まれて行く。
流川が手を止めるまで、晴子はそこに立ち尽くしていた。
「……うす」
そんな晴子に気がついた流川が、無愛想に言う。
「る、流川くん、おはよう」
現実に引き戻された気がして、晴子は慌てて挨拶した。
「流川くんのフォームって」
晴子は散らばったボールを拾い集めて、篭に入れる。
それは、あっという間にいっぱいになった。
「すごくきれい」
流川は汗を拭っている。
「ご、ごめんなさい。変なこと言って」
晴子の話を聞いているのかいないのか、流川は再びドリブルを始めた。
体育館に、響き渡る音。
流れるような動きで、シュートが決まった。
二人は黙々と篭にボールを入れて行く。
「流川くん」
全てのボールが、片付けられた。
「あの……」
晴子は俯いて、顔を赤くしている。
誰もいない体育館は、とても広く、静かだ。
流川は次の台詞を待っていた。
だが、晴子はなかなか口を開こうとしない。
「晴子さん、おはようございます!」
沈黙を破ったのは、桜木の声だった。
晴子は驚いて振り返る。
「お、おはよう、桜木くん」
「早いですね、晴子さん」
桜木がちらりと流川のほうを見た。
流川は篭を押して、体育館の外に出て行く。
「いつもより早く目が覚めたの」
晴子が笑う。
「そうですか。じ、実はオレもなんす」
流川の背中を追うように、晴子が視線を動かした。
そして、そのままゆっくりと天井を見上げる。
「晴子さん?」
言えなかったいくつかの文字が、浮かんでは消えて行く。
「今日も頑張ろうね、桜木くん」
「はい」
――END――
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