「星を捕まえる」
部活を終え更衣室から出ると、リョータが立っていた。
何やら思い詰めた表情だ。
アタシは、晴子ちゃんに先に帰るように告げて、リョータに近寄る。
「なーに? 今度はどうしたの?」
悩みがあるときはたいていこのパターンだったので、すっかり慣れてしまっていた。
「……アヤちゃん」
ずっと俯いていたリョータが、突然顔を上げた。
「勉強教えて下さい!」
顔の前で両手のひらをぴたりと合わせて、リョータが言う。
パターン化しているとはいえ、この種の悩み相談は初めてだった。
「どーしたの、アンタ。熱でもあるんじゃないの?」
確認のため、左手をリョータのおでこに当ててみる。
……異常なし。
リョータは真っ赤になりながら、口をぱくぱくさせた。
「つまり、キャプテンとして赤点はとりたくないってわけね」
要約すると、こういう話らしい。
次のテストで赤点をとると大会に出られなくなるので、
キャプテンのメンツを保つためにも、勉強を教えて欲しいんだとか。
赤木先輩と木暮先輩が引退して、我がバスケ部のIQはぐんと下がってしまったのだ。
昨年のインハイ前にも勉強合宿したくらいだし。
「しょうがないわねぇ」
アタシは小さくため息をついてから言った。
リョータは歩きながら、伏せていた目をこちらに向けた。
「……じゃあ……」
「良いわよ、勉強くらい」
「……」
よっしゃー、とか大げさなリアクションを期待していたアタシは、少し驚いた。
「どーしたの? やっぱり熱でもある?」
アタシが聞くと、リョータは俯いて黙り込んだ。
しばらく、街灯の下を歩く。
三分ほど経ったところで、アタシは立ち止まった。
リョータもアタシの横に並ぶ。
相変わらずうなだれたままのリョータを見上げた。
「……リョータ、背伸びた?」
いつもより、視線を上に向ける。
気のせいかもしれないけど、アタシが縮むわけないし。
「え?」
リョータはやっとこちらを見た。
「最近測ってないでしょ。保健室行ってみたら?」
「うん」
首を縦に振って相づちをうつリョータ。
「で、どうしたの?」
アタシは少しでもさりげなく、と思いながら尋ねる。
「ごめん」
頭を深く下げて、リョータが謝った。
「本当、ごめん」
そして、困惑するアタシを見ずに、続ける。
「いつもアヤちゃんに迷惑かけて……キャプテン失格だよな」
は?
……。
なんとまあ、リョータらしい。
「いつアンタがアタシに迷惑かけたのよ」
アタシはゲンコツで目の前の頭をたたいた。
「マネージャーとして仕事してるだけよ」
リョータは頭をさすりながら、重い顔を上げる。
「アヤちゃん……」
「まったく。せっかくの星空なんだから、カッコいいセリフの一つでも言ってみなさいよ」
アタシはそう告げて、空を見上げた。
街灯で光の弱い星は見えないが、一等星はきらきらと輝いている。
リョータはしばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「……オレが神奈川ナンバーワンになったらさ」
やっといつもの口調に戻ったリョータも、星空を見上げた。
「あの星をアヤちゃんにあげる」
一番輝いている星を指さしながら、リョータが言う。
アタシは何も言わず、黙ってその一等星を見ていた。
――END――
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