「星を捕まえる」
「あれ? リョータじゃない」
聞き慣れた声に振り向くと、アヤちゃんが立っていた。
「何してんの? こんなところで」
アヤちゃんは不思議そうにオレの顔を見る。
「ぎ、牛乳買いに」
オレが答えると、アヤちゃんは少し驚いた。
「え? コンビニにも売ってるじゃない。わざわざここまで来たの?」
「……」
実はこのスーパーに来たのには、ちゃんとした理由があった。
「でもこんな時間じゃ、牛乳売り切れじゃない。小さいの一個しかなかったわよ」
アヤちゃんがビニールの袋を顔の高さまで上げる。
どうやら、給食用のサイズのものしか残っていなかったようだ。
買いたいものは別にあったのだが、アヤちゃんが帰ると言うので一緒にスーパーを出た。
もう暗い夜空には、星がたくさん出ている。
「アンタ、結局何買いにきたの?」
アヤちゃんが聞いた。
「いや、ちょっと……」
オレは言葉を濁して、星を数えた。
「明日も朝早いわね」
アヤちゃんは歩きながら続ける。
「牛乳って朝に飲むイメージあるけど、夜のほうがカルシウムの吸収率が良いのよね」
オレは意外な知識に少し驚いた。
「そーなの?」
「うん。そうみたいよ。ビタミンとかもね」
……知らなかった。
「早速、今日から試してみる?」
アヤちゃんは、手に下げていたビニール袋から赤いパックの牛乳を取り出した。
そしてそれをオレのほうへ差し出す。
「はい、あげる」
「え? でも……」
「良いの良いの。明日また買うから」
アヤちゃんからもらえたことが素直に嬉しくて、オレは牛乳を受け取った。
次の日。
「169cm」
保健の先生の声が響く。
移動教室のついでに保健室に寄ってみると、アヤちゃんの言う通り身長が伸びていた。
「さすがアヤちゃん」
保健室から出て、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
教室に入ってすぐ、窓際の席へ。
「アヤちゃん」
「ん? 何、リョータ」
「背、伸びてた」
オレがそう告げると、アヤちゃんは嬉しそうに笑った。
「やっぱりねー。毎日顔つき合わせてるとわかるもんよねー」
得意気に言いながら、アヤちゃんは右手を少し上に伸ばした。
オレも右手を伸ばしてアヤちゃんの手のひらに合わせる。
パーン。
音が響いて、クラスメイトが全員こちらを向いた。
「良かったわね、キャプテン」
「アヤちゃん」
部活終了後、オレは昨日のお礼にあるものを渡そうと、玄関でアヤちゃんを待っていた。
「ちょっとリョータ。ダメじゃない授業サボっちゃ」
「アレ? バレてた?」
「同じクラスなんだからわかるわよ、全く」
どうしても買いたいものがあって、結局3・4時間目とさぼることになってしまったのだ。
「まじめにやんないと、アタシのスパルタ教育にはついてこれないわよ」
テストへ向けてアヤちゃんに勉強を教えてもらうことになっていた。
「ごめん、アヤちゃん……」
「今日のノート貸したげる」
アヤちゃんはきびきびとカバンから二冊の大学ノートを取り出す。
「はい」
オレは後ろに持っていたプレゼントと引き替えに、それを受け取った。
「何? コレ」
手のひらに収まるくらいの箱に入ったプレゼント。
「牛乳のお礼」
アヤちゃんは箱とオレの顔を交互に見ている。
「開けてみて良い?」
そのセリフに、オレは首を縦に振った。
アヤちゃんは包み紙をていねいにはがして、箱の蓋を開ける。
「懐かしいー」
中身は色とりどりの―――星。
「今はそれが精一杯だから……」
オレは恥ずかしくて頭を掻いた。
アヤちゃんが嬉しそうにビンから一粒の金平糖を取り出す。
「一番星ね」
目を細めて笑うアヤちゃんは、どんな星よりも輝いて見えた。
――END――
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