「玉子」
常連である仙道の第一声を知っていた魚住は、そのセリフを聞いて少なからず驚いた。
「にわか雨」
「エビは良いのか?」
魚住が尋ねると、仙道は斜め45度下を見つめながら答える。
「……なんとなく」
まだまだ修行中の身である魚住が、唯一挑戦しているのが玉子焼きだった。
仙道の好物であるエビは、珍しく数匹残っている。
閉店時間を過ぎ、暖簾を片づけていると仙道が入ってきた。
ネタがもう残っていないから、と言ってはみたものの、
初めて一人でやってきた客を断るわけにもいかず、
魚住は片づけをしながら寿司を握ることにした。
「どうなんだ? 調子は」
「悪いような、良いような」
視線は斜め45度のまま、ゆっくりとお茶をすする仙道。
魚住は黙って玉子を置いた。
なんとなく、仙道が今日ここに来た理由がわかったからだった。
仙道はじっと玉子を見つめてから、それを口に運ぶ。
「まだ修行が足りないんだ」
魚住の言葉に、仙道は目をまん丸にした。
「お前もオレもな」
仙道はゆっくりと玉子を噛みしめている。
「次はどうする?」
仙道は視線を魚住のほうへ向けた。
「玉子」
「エビは良いのか?」
「うまいですよ、玉子」
「誉めても、まけないからな」
仙道は魚住の言葉に顔をほころばせた。
「まいったな」
――END――
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