「背中合わせの距離」


「今日も暑いわね」
向かい側に座っているアヤちゃんは、ノートを団扇代わりに使っている。
開け放たれた窓からは、蝉の鳴き声。

「できた!」
できあがったばかりのプリントを、アヤちゃんに渡した。

夏休み前の、とある日曜日。
期末試験が目前に迫り、オレはアヤちゃんに勉強を教えてもらうことにした。
部活が始まる前の時間を利用して、テスト範囲を重点的に復習するのだ。

「どれどれ」
アヤちゃんがプリントを受け取った。
キャプテンとして、赤点だけは絶対に避けたい。

教室の窓際、後ろから二番目。
普段アヤちゃんが使っている机に、オレは座っていた。

「へー、やればできるじゃない」
アヤちゃんが、赤いボールペンで次々とマルをつけて行く。
「アヤちゃんが先生だったら百点取れるよ、オレ」
「はいはい」

朝早いせいか、学校はとても静かだ。

「じゃあ、次はこれね」
アヤちゃんが、団扇と化していたノートから一枚の白い紙を取り出す。

「じゃ〜ん。総まとめテストよ」
くっつけられている机と机の間に、アヤちゃんがその紙を乗せた。
顔を近付けて見ると、手書きの文字でたくさんの問題が並んでいる。

「アヤちゃん……」
「ちょっと、何涙ぐんでるのよ。泣くのは全問正解してからでしょ」
アヤちゃんが笑う。

「わかった」
オレは早速問題を解き始めた。
数学、日本史、科学、国語。
全部見覚えのあるものばかりだ。

七月も中旬になると、真夏に近い。
快く引き受けてくれたアヤちゃんのためにも、全問正解したかった。
集中して、答えを思い出す。

「できた!」
十五分後、全ての回答欄が埋まった。
「じゃあ、採点するわね」
アヤちゃんが赤ペンを持って席を立つ。

「こっちで採点するから。リョータ、見ちゃダメよ」
アヤちゃんは前から三番目の椅子を引いた。
つまり、オレとは背中合わせになる。

「どれどれ」
ペンの動く音が、蝉の声に混じった。
ドキドキしながら、アヤちゃんを待つ。

「できた」
アヤちゃんは、一瞬椅子の背にもたれた。
頭と頭が軽くぶつかる。

「全問正解。やったじゃない、リョータ」

背中越しに聞こえる、アヤちゃんの声。
心臓の音が、蝉の鳴き声をかき消した。

「さ、じゃあ部活に行くわよ」
アヤちゃんが立ち上がる。

「もう大丈夫よ、キャプテン」
「アヤちゃん……」

「このプリント、いる?」
「も、もちろん!」
ひらひらと動くプリントに、慌てて片手を出した。
アヤちゃんが笑う。

「ちゃんと復習すんのよ」
「オフコース!」

二つの机を離して、椅子を片付ける。
ノートを閉じて、鞄に入れた。

「行くわよ」
「うっす!」

窓の外を見ると、大きな入道雲が夏の空を独り占めしていた。



――END――




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