「炭酸ソーダ」
沢北は部員たちと一緒に喫茶店にいた。
一年に一度あるかないかのことだが、今日は部活が少しだけ早く終了したのだ。
キャプテンの深津が、どうしても甘いものが食べたいとだだをこねたのである。
顔に似合わず甘党なのだ。
「フルーツパフェ大盛り」
河田の向かいに座っていた深津が、メニューを持ったまま呟いた。
「ええ!?」
沢北はその台詞を聞いて、イスをがたがたさせた。
「大盛りなんてないですよ、メニューには」
沢北は言いながら、せっせと注文用紙と鉛筆を取り出した。
どうやら、沢北以外はこの店に来たことがないようなのである。
……実はここにはかわいい店員さんがいるのだ。
「作ってもらえば良いピョン」
深津は持っていたメニューを閉じて、河田に渡す。
「え? 無理っすよ」
沢北は慌てて右手を横に振った。
「できるピョン」
二人が押し問答していると、深津の横に座っていた一之倉が口を挟んだ。
「聞いてみれば良いんじゃない?」
「恥ずかしいっすよ! 俺、常連なんですから」
沢北は、さもイヤそうに顔をゆがめた。
深津は無言で沢北を見ている。
もはや、にらんでいると言っても良い。
「わ、わかったっすよ……頼めば良いんでしょ、頼めば!」
約15秒の沈黙のあと、ついに沢北はあきらめて言った。
注文用紙のフルーツパフェの後に、大盛りとつけ加える。
「オレはアイスコーヒー」
沢北は、一之倉の注文を大盛りの下につけ足した。
「沢北、おめえ何頼む?」
河田はまだメニューを手に持っている。
「メロンソーダですけど」
そう答えると、河田はいきなり両手で沢北の首をしめた。
「ぎ、ギブギブギブ!」
沢北は涙目になりながら、河田から離れる。
「ちょっ、なんなんすか、もー!」
「おめえ、オレが炭酸嫌いだって知ってるべ」
「え?」
意外な台詞に沢北は目を丸くした。
「知らないだろ。部活中は飲むことないし」
一之倉が沢北に助け船を出す。
「そ、そうっすよ。今初めて聞いたんですから」
河田は下唇をつき出しながら、メニューを見ている。
「気持ち悪いべ。あのつぶつぶが」
「つぶつぶ……?」
沢北は一生懸命、炭酸ソーダを思い出した。
「炭酸のことだピョン」
深津は人差し指を下から上に動かす。
「下から上にあがってくるべ。ぷかーって」
沢北は信じられない思いで、河田を見た。
顔はゴリラでも、性格は繊細なのだ。
「だから飲むな。オレはこれ」
河田は太い指でメニューのアップルジュースを示す。
「飲むなって……! ひどいっすよ。
じゃあコーラもサイダーもジンジャエールもダメじゃないですか」
沢北は炭酸飲料が大好きである。
「おう。ダメだ」
「フロートは?」
一之倉が沢北に尋ねた。
「オレ、バニラアイス嫌いなんすよ」
そう答えると、魔の手が再び沢北に襲いかかった。
「好き嫌いは良くねえぞ」
「い、痛い痛い痛い!」
沢北はぼやけた目で河田を見る。
「ひ、ひどいっすよ! 自分だってソーダ飲めないくせに!」
「なんだと?」
河田はぴくりと右眉をつり上げた。
「うあっ! ぎ、ギブギブギブ!」
ゼエゼエ言いながら、沢北は必死で自分が飲めそうなものを探した。
喉に優しいものしかうけつけそうにない。
「決まった?」
沢北が書いていた注文用紙は一之倉が引き継いでいる。
「……じゃあ、アイスティー」
「アイスティー、と」
一之倉は書き終えてから、係りの人を呼んだ。
沢北は、かわいい店員さんがこないようにと心の中で祈っていた。
「お決まりですか?」
悲しいことに、目の前に立っているのは笑顔が素敵なかわいい店員さん。
沢北は泣きそうになった。
一之倉が、注文用紙をその店員さんに手渡す。
「繰り返します」
沢北はハラハラしながらさわやかな声を聞いた。
「フルーツパフェがお一つ、アイスコーヒーがお一つ、
アップルジュースがお一つ、アイスティーがお一つ」
沢北はうんうんと頷いた。
「以上でよろしいですか?」
かわいい店員さんは沢北に笑いかける。
はい、と口を開きかけたとき、深津が沢北をにらんだ。
「違うピョン」
「パフェの大盛りってできますか?」
深津に続いて一之倉が尋ねる。
「……大盛り、ですか?」
常連の沢北が今まで一度も見たことがない表情が、かわいい店員さんに浮かんだ。
「100円分クリーム足して欲しいピョン」
深津の無理難題に、かわいい店員さんの顔は怒りへと変わっていく。
そこには、ピョンってなんだよ、という疑問も混ざっているように感じられた。
「少々お待ち下さい」
かわいい店員さんは、咳払いをしてから無理矢理に笑顔を作り直した。
沢北は二度とこのメンバーとはここに来ないと決めて、
かわいい店員さんが戻るのを待った。
――END――
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