「夏期休暇」


「もうすぐ終わりだな、夏休みも」
「ああ、まーな」

オレの言葉に、三井が頷く。
今日の後片付けは、三年生が担当だった。

「長かったような、短かったような」
三井が右端から、オレが左端から、それぞれモップをかけて行く。

「今年は暑かったしさ」
「……」
「しかも、まだまだ暑そうだしな」
「……」
三井は目の前の仕事に集中しているようだ。

「こっち、終わりましたー」
そこで、マネージャーが入口から顔を出した。
体育館に、元気な声が響く。
今日は赤木が休んでいるため、ボール運びを手伝ってくれていたのだ。

「ありがとう。後はオレたちでやっておくよ」
「はーい。お願いします」
「ご苦労様」
「お疲れ様でした」

練習が終わった後の静けさは、まるで秋のようだ。

バスケ部が体育館一面を使用できるようになったのは、つい最近のことだった。
やっと一人前の部活動として認められたと思うと、掃除も苦にならない。
赤木と二人だった頃には、想像もつかなかったことだ。

やがて体育館の中央に着いて、三井と鉢合わせた。

「やるじゃねーか、木暮」
三井がニヤリと笑う。

「え?」
「オレのほうが少し早いけどよ」
どうやら、三井は真剣にオレと勝負していたらしい。

「だいたい同着だな」
三井が悔しそうに言う。
オレは振り返って体育館を見回した。

「ぴったり半分ってところか」
「あ? オレのが早かっただろ」
「ははっ、そうか? ま、オレはモップがけ歴イコールバスケット歴だからさ」
三井は口を尖らせて、黙った。

「でもさ。モップがけで勝つっていうことは、その分たくさん運動してるってことだよな」
片眉を上げて、三井がこちらを見た。

「あ?」
「いや、さすが三井だなーと思って。疲れてるはずなのに、すごいよ」

梅干しを食べたあとのような表情になって、三井がモップを持ち上げる。
「当たり前だ。オレを誰だと思ってんだ?」

どうやら三井は、モップがけ競争には負けたほうが楽だということに、
気付いていないようだ。

「よし、じゃあ帰るか」
「おう」
モップを片付けて、廊下に出た。

「今年の夏は短かったと思うぜ、オレは」
三井が唐突に先ほどの話題を取り上げた。

「そうか?」
歩きながら、三井のほうを見やる。

「だってよ……高校に入ってからロクなことなかったしな。特に夏休みは」
「え?」
「ケンカとゲーセン」
「ああ……」

三井はバスケから離れていた二年間のことを言っているのだ。

「まあ、昔のことだけどよ」
「そうだな」
更衣室で着替えて、玄関に向かう。

「今年の夏休みはバスケ漬けだったな。休んだ記憶ねーよ」
「うん」
靴を履き替えて、外に出た。

「今年はきっと、オレたちにとって一生忘れられない夏になるだろうな」
「まーな」
「辛いことのほうが、良い思い出になるって言うしさ」
「そうか? オレ様には辛いことなんてねーけどな」
「ははっ。そうか」

もう暗い外は暑く、夏はまだまだここにいるのだと思う。

「何か腹へったな。ラーメンでも食ってくか」
三井が背筋を伸ばしながら言った。

「え? こんな暑いのにか?」
「バーカ。暑いから食うんだろーが」
「……それもそうか」
自信ありげに三井が頷く。

「今日のことも、いつか思い出すかもな」
「あ?」
「この夏の思い出と一緒に、さ」
「オマエ……」
三井が突然立ち止まった。

「相変わらず、恥ずかしいヤツだな」
「え? 恥ずかしくないだろ、別に」
「まーいーけどよ」

「そうだ。ジャンケンで負けたほうがラーメンおごるってのは?」
「……名案だな」
三井がくるりと振り向いた。

「負けねーぞ、オレは」
「ははっ」

夏休み終了まで、残り一週間。



――END――




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