「雪解け」


沢北は三センチほどの雪の上を歩いていた。
さくさくと音がするほど降り積もったのは、久しぶりだった。

もう春がそこまで来ていたのに、と沢北は思う。
真っ白な大地が土色に変わって行く瞬間が、春だ。
冬が無理やり春の邪魔をしたように、沢北には感じられた。

雪かきはもう必要ないだろうが、寒さは厳しい。
これでは冬に逆戻りだ。

子どもの頃は、少しの雪でも嬉しかった。
沢北はバスケットゴールがある庭を、走り回ったのを思い出す。
それは記憶の中では一番古い、冬の映像だった。

くしゃみを一つして、沢北はマフラーを巻き直した。

来年の冬に思いを馳せる。

アメリカにも冬はやって来るだろう。
雪は積もるのだろうか。
寒さは厳しいのだろうか。
様々な疑問が、期待に入り交じる。

表通りが見えてきたところで、沢北は後ろを振り返った。
朝早いせいで、点々と続く足跡はたった一人分しかない。
これがアメリカまで続いていたら良いのに、と沢北は思った。
そうすれば、すぐにでも飛んで行ける。

前を見たとき、頬に冷たい感触があった。
沢北は恐る恐る空を見上げた。
真っ白な雪が、水玉模様のように散っている。

「いつになったら、融けんだよ……」
沢北はそう呟いて、歩き出した。

雪が足跡を消すことはなく、まもなく大地は春の支度を始めたのだった。



――END――




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