「READY STEADY GO」
「アヤちゃん」
部活が終わり、帰る支度をして更衣室から出ると、リョータが立っていた。
「帰ったんじゃなかったの?」
あたしが聞くと、照れくさそうに頭をかく。
「い……一緒に帰ろうと思って」
晴子ちゃんがマネージャーとして入部してから、
桜木花道の基礎練習は交代で見ることになった。
今日はつまり、晴子ちゃんの番。
というわけで、あたしは一足先に体育館を後にしたのだった。
そういうことなら、とリョータと二人で玄関へと向かう。
「良かったわね、桜木花道。無事復帰できて」
言いながら、二人でゆっくり話すのは久しぶりだと気がつく。
「そーだね」
返ってきた台詞は、なんだか上の空だ。
靴を履き替えて、玄関を出る。
「流川も一回りくらい成長したみたいだし」
あたしは暗い夜空を見上げながら言う。
残念ながら、星は見えない。
「そーだね」
またしても、心ここにあらずな言い方。
横に目をやると、リョータは地面に視線を落としていた。
あたしが見ていることにも気がついていない。
こういうときのリョータは、何か言いたいことがあるのだ。
「なーに? どーしたの?」
あたしは、左手で少し斜め上にあるリョータの肩を叩いた。
「え!?」
それに驚いたのか、目をまん丸にしてこちらを見る。
「なんか悩みでもあんの? 聞いたげる」
「…………!」
リョータは目を見開いたまま、絶句した。
図星だったようだ。
「なーに? 部活のこと?
キャプテンになったことだったら、あんた良くやってるわよ」
あたしがそう言うと、リョータは前を向いて口を尖らせた。
「違うんだ」
そう言って、立ち止まる。
「アヤちゃん」
こちらを向いたリョータの顔があまりにも真剣で、
あたしは一瞬にして次の言葉を考えた。
そんな自分に気がついて、笑いそうになる。
「明日、迎えに行くから。一緒に学校に行こう」
「え?」
「ダメかな?」
「……良いわよ、別に」
予想外の言葉に、反応が遅れてしまった。
よっしゃー、と隣でガッツポーズしているリョータ。
次の日。
朝練に間に合うよう、いつもの時間に起きる。
身支度を終えて窓の下を見ると、リョータが玄関の前に立っていた。
あたしはカバンを手に取って、急いで階段を降りる。
「行ってきまーす」
玄関のドアを開ける。
「あ、おはよう、アヤちゃん」
リョータはインターホンを押そうとしてしていた手を引っ込めながら言った。
「おはよ」
あたしは明らかに緊張しているリョータを見て、思わず笑ってしまう。
「あれ? 行かないの?」
学校に向かう道のほうに歩みを進めたけれど、
リョータは玄関の前に立ったまま、動こうとしない。
「アヤちゃん」
「なーに?」
あたしの名前を呼んだかと思うと、リョータは無言のまま歩き出した。
「どうしたの?」
数メートル先に、見覚えのないものが置かれていた。
リョータはそれに手をかけて、言った。
「後ろ、乗らない?」
あたしはびっくりして、声が出ない。
そこにあったのは、赤いバイクだった。
「アヤちゃんに乗って欲しい」
リョータは照れた表情で、まっすぐにこちらを見ている。
「いつ、免許取ったの?」
やっとそれだけ、言うことができた。
「今月初めに卒業したんだ」
「初耳」
「驚かそうと思って」
リョータは頭をかいて、俯いた。
……まったく。
あんたって、本当……。
「バカなんだから」
あたしはバイクに近づいて、ハンドルの部分をなでた。
「ちゃんと、学校には届けてあるんでしょうね?」
質問の意味は、すぐに伝わった。
雲が晴れるような笑顔の、リョータ。
「もちろん!」
そう言って、運転席にまたがる。
あたしは同じく後ろの席に座った。
「アー・ユー・レディー?」
リョータが冗談ぽく尋ねる。
あたしは、リョータの腰のあたりに手を回した。
「レッツ・ゴー!」
二人乗りの赤いバイクが、走り出す。
エンジン音が、振動とともに伝わってきた。
ぐんぐん加速。
頬に当たる風が、心地良い。
周りの景色がぐるぐると変わる。
「アヤちゃん」
前から、リョータの声がした。
「
ありがとう
」
風の音に混じって、はっきりとはわからなかったけれど、確かに聞こえた。
それはあたしの台詞よ、リョータ。
風の音が止んだら、言わなくちゃ。
『ありがとう』って。
――END――
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