「空の半分」


「おはよう、信長」
神が学校に着くと、玄関に清田がいた。
「ちゅーす」
日曜日のためか、校舎の中はとても静かだ。

「あれ、神さんもマスク着用スか?」
清田が白いマスクを人差し指で下げた。
「うん。インフルエンザ予防」

三日程前から、風邪が流行のきざしを見せているという。
神と信長は、それぞれ朝のニュースでその情報をキャッチしていた。

「さすがに体育館では着けられないっスよね、マスク」
信長が靴を履き替える。
「うん。そういう練習方法もあるらしいけど」
神は一足先に廊下に出た。
「マジっスか?」
清田がどたどたと後を追いかける。

「うん。酸素を吸う量が減るから、登山中と同じ状態になるらしい」
「うえー、きつそうっスね」
清田が渋い顔でマスクを外した。

更衣室に入ると、ツンとした空気が二人を包んだ。
「さ、さみぃ!」
清田は少しでも暖を取ろうと、両腕をさすっている。

「雪降るかもな」
鞄をロッカーにしまって、神が窓の外を見た。
薄い水色の空が、四角く切り取られている。

「クリスマスはどうスかね?」
清田はうきうきとロッカーのドアを閉めた。
「予報では降るみたいだ」
神がマスクを外して、バスケットシューズのひもを結び直す。

「クリスマスも練習ですけどね」
気合いを入れるように、清田が髪を一つに束ねた。

「うん」
「バスケが恋人かぁ……」
肩を落とす清田に、神が笑う。

「だから、風邪引いてる場合じゃないよな」
「はい。そうっスね!」
清田が気合いを入れ直す。

二人がちょうど身支度を終えたとき、更衣室のドアが開いた。
「お、早いな」
「おはようございます」
「ちゅーす、牧さん」

挨拶を終えてから、神と清田はある一点に目をやった。

「ん? 何かついてるか?」
牧はマスクを外しながら言う。
「牧さんもニュース見たんスか」
清田が尋ねた。

「ああ。風邪など引いてる場合じゃないからな」
さらりと言いのける牧に、二人は顔を見合わせて笑った。

「やっぱり牧さんもバスケが恋人っスね」
「は?」
牧が清田の言葉に首を傾げる。

「俺たちもマスクしてきたんです。予防のために」
神が説明した。

「そうか。明日からまた寒くなるらしいぞ。マフラーと手袋も用意しないとな」
「そうっスね」

神はもう一度空を見上げた。
窓の下半分が、雲のせいで白い。
どうやら空も、風邪は引きたくないようだった。



――END――




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