赤木晴子が玄関から出ると、さきほど降り出した雪が3センチほど積もっていた。
『君のとなり』
「何か寒いわね、今日は」
二時間ほど前の休憩中。マネージャーの先輩である彩子が話しかけてきた。
「そうですね。なんか雪でも降りそうなくらい」
晴子が言いながら窓に目をやると、ちらちらと映る影が見える。
最初は雨だろうと思ったのだが、体育館の屋根は静かだ。
「もしかして……」
晴子は立ち上がりドアのほうに近づく。
外が見えるガラスの部分から覗くと、映るものの正体がわかった。
「晴子ちゃん? どうしたの?」
気がつくと彩子が後ろに立っている。
「雪! 雪が降ってますよ、彩子さん」
「うっそぉ! 久しぶりね〜」
休憩していた宮城や桜木たちも気がついて、晴子たちを取り囲むような人だかり。
「寒いけど、開けても良いですか?」
晴子は振り返り、キャプテンである宮城に確認をとった。
「オフコース!」
宮城が右手の親指を立てて答える。
晴子がゆっくりとドアを開くと、そこはまさに雪国であった。
体育館の裏に植えてある木々たちも雪化粧。
「どーりで寒いわけだ」
彩子が白い息を吐きながら呟いた。
桜木はいつの間にか外へ出て、雪玉を作っている。
「何やってんだよ! さみーな」
トイレから戻った三井が両腕をさすりながら顔を出した。
「くらえ、りょーちん!」
ちょうどその時、桜木が放った雪玉が宮城の肩をかすめ、三井の顔面に直撃。
「あ!」
晴子と彩子が同時に叫び、外に出ていた全員が被害者に注目した。
「……てめー」
三井の顔で割れた雪はゆっくりと下に落ちる。
「誰だ! 今投げたやつ!」
「逃げろー!」
結局、全員で雪合戦をやるはめになり、部活は一時中断した。
「楽しかった〜」
「本当。全く三井先輩、すぐムキになるんだから」
更衣室で着替え、玄関に向かう。
彩子は宮城と一緒に帰ると言うので、晴子は一人で外に出た。
すっかり積もった雪にはたくさんの足跡が残っている。
「晴子さん」
顔を上げると、桜木が立っていた。
「積もったね」
晴子は少し後ろを歩きながら言う。
「もうやんでますよ」
桜木に言われて空を見上げると、きれいな星空。
冬は空が高く見えるから不思議だ。
寒ければ寒いほど、星が輝いて見えると聞いたような気がする。
下を見ると、桜木の大きな足跡。
晴子はその上に自分の靴を重ねた。
「桜木くんの足跡って大きいね」
「そーすか?」
桜木は立ち止まり、後ろを向く。
晴子はあと一歩というところで歩みを止めた。
「桜木くん、また背伸びたんじゃない?」
桜木は自分の頭をさすりながら言う。
「そーすか?」
「そろそろ、バッシュも買わなきゃいけないんじゃない?」
桜木の足元を見ると、靴が雪に埋もれていた。
「そういえば小さくなったような……」
一歩ずつ歩き出す桜木。
その足跡を静かに踏みしめる。
晴子は桜木と出逢った頃のことを思い出した。
兄を負かしたときのこと。
初めて試合に出たときのこと。
インターハイでの活躍とけが。
そして乗り越えたリハビリ。
元々好きだったバスケをより身近に感じるようになれたのも、桜木のおかげだろう。
「晴子さん、また降ってきましたよ」
桜木の声で空を見ると、舞い落ちるような雪。
鼻がつんとして、晴子は下を向いた。
なぜだかこみ上げてくる涙を、必死でこらえる。
「は、晴子さん、マフラーどうぞ」
前にいた桜木が、そっと晴子にマフラーをかけた。
「い、いいよ。桜木くん、寒いよう」
マフラーを外そうとした晴子を制して、桜木が空を見上げた。
「雪ですから」
くるりと前を向いて、歩き出す桜木。
晴子の歩調に合わせてくれているのだ。
再び、大きな足跡をたどる。
いつか、追いつける日が来るだろうか。
そんなことを考えるわがままな自分に、少し笑ってしまう。
「桜木くん」
晴子は前を向いて、桜木の横に並んだ。
「ありがとう」
――END――
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