「寄り道」
「木暮さんやないですか!」
参考書を買いに二駅先の本屋へ行ったときだった。
陵南の一年生、相田ヒコイチに後ろから声をかけられた。
あまりに大きな声だったので、少し驚いてしまった。
「うわ! ……びっくりした」
「ああ、すんません。こないなとこで会うとは思わんかったもんで……」
ヒコイチは、頭をかきながら謝る。
「いや、良いけど。ヒコイチの家、ここから近いのか?」
陵南高校からだと、もっと近い本屋があるはずである。
「いいえ、逆です、逆。わいの要チェックリストに入っとるんですわ、ここ」
「要チェックリスト?」
オレが聞き返すと、ヒコイチは右手の人差し指を上げて言った。
「そうです。ここいらの本屋では一番、参考書・問題集の種類が豊富、ですわ」
データを集めているのは、バスケに関してだけではないらしい。
「じゃあ、参考書でも買いに来たのか?」
「はい。いやぁ、高校ともなると、勉強も難しなりますな」
ヒコイチは再び頭をかきながら言った。
「何やら、たくさんありすぎて選べませんわ」
「へぇ、何の教科?」
「数学と理科……化学です」
「それだったら、オレが使ってたの教えようか?」
オレがそう言うと、困った顔が一瞬にして笑顔に変わった。
「ホンマですか!? 恩にきます!」
ヒコイチは顔の前で両手を合わせて言った。
「いやぁ、助かりましたわ、ホンマ」
「はは、良いって」
わざわざ電車で来た、とヒコイチが言うので、駅まで一緒に歩くことにする。
どの参考書が良いのかわからずに、三十分も悩んでいたらしい。
「木暮さんは、大学受けはるんですか?」
「ああ、地元の大学」
「木暮さんなら、楽勝ですわ」
「はは、そんなに頭良くないって」
ヒコイチは、片手に大きなカバンを抱えている。
「今日も部活だったんだろ?」
「はい、もちろんです。皆がんばってますよー。仙道さん中心に」
陵南は、三年の魚住と池上が引退して、
二年の仙道がキャプテンを務めることになったのだ。
「湘北は? やっぱり宮城さんがキャプテンにならはったんですか?」
「おう、がんばってるよ」
「そうかー。要チェックや」
話をしているうちに、駅が見えてきた。
中に入り、時刻表を確認する。
「あ、あかん! あと一分で出発や!」
ヒコイチが隣で叫んだ。
「今日は、ホンマにありがとうございました!」
ペコリと頭を下げて、階段のほうへ走っていく。
「またな」
そう言って、ベンチに腰かけようとすると、上から声が聞こえてきた。
「木暮さーん! 選抜ではウチが勝たせてもらいまっせー!」
周りの人たちが一斉にこちらを振り返る。
「湘北も、負けないからなー」
つい言ってしまったけれど、やはり恥ずかしい。
オレは一つ咳払いをしてから、ベンチに腰を下ろした。
電車が来るまでの間、今日買った参考書を読むことにした。
明日は、久しぶりに体育館に寄ってみるか。
少しの寄り道なら、許されるかもしれない。
――END――
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