名付けて、『赤木先輩復活大作戦』。



「夢見るひと」



「赤木も来れば良いのに」
休憩中、久しぶりに部活に顔を出した木暮先輩が、ぽつりと呟いた。
隣で練習メニューの確認をしていたアタシは、突然の台詞につい驚いてしまった。

「どういうことですか?」
聞いてみると、どうやら赤木先輩の様子がおかしいらしい。

「多分、バスケ中毒だと思うんだ」
「バスケ中毒?」

話していると、軽い床掃除を終えた晴子ちゃんがこちらに向かって来た。
「お疲れ様です」
晴子ちゃんは丁寧に木暮先輩に頭を下げている。

「晴子ちゃん、最近赤木の様子、おかしくない?」
木暮先輩のその言葉に、晴子ちゃんが目を丸くした。

「やっぱり! 学校でもヘンですか?」
「いや、ヘンというか、うーん……」
「何だか、すごくそわそわしてて、落ち着きがないんです。ご飯も四杯から三杯になってるし」
さすが、赤木先輩。食事も豪快だわ。
アタシは、赤木先輩が合宿で大盛り十杯の記録をたたき出したときのことを思い出した。

「好きな人でもできたのかな……」
晴子ちゃんが俯き加減で言う。
「ああ、確かにそれが原因ではあるかも」
木暮先輩が頭をかきながら笑った。

「え! 木暮さん、何か知ってるんですか!?」
晴子ちゃんが勢い良く顔を上げる。
「しばらく恋人に会ってないからだと思うよ」
「恋人……ですか」
晴子ちゃんは顔を赤くして、なぜか流川のほうを見た。

「え、あれ……? もしかして、彩子さん?」
そのありえない結論に、アタシは溜め息をついた。
やっぱり天然だわ、この子。

「バスケットボールという恋人」
アタシがズバリ言うと、晴子ちゃんは更に顔を赤らめた。

「あ! そ、そっか……ごめんなさい!」
「ははっ。一番近くて遠いんだよな、赤木にとっては」
木暮先輩はうんうん、と頷いている。

「陵南のヒコイチに聞いたんだけどさ。魚住は引退してからも、かなり顔出してるらしい。
仙道とどっちがキャプテンだかわからないって」
確かに、あの人はそういうタイプよね。

「きっと中途半端には顔出せないと思ってんだろうな、赤木は」
だから、余計そわそわするってわけなのね。

「かなり言ってはいるんだけどさ、見学に来るようにって」
「アタシ、言ってみましょうか?」
「私も、言ってみます」
「いや……今は聞く耳持たないって感じだから、誰が言ってもダメかもしれない」
赤木先輩は、見た目通り頑固だ。

「ふんぬー!」
と、後ろの方から桜木花道の叫び声が聞こえた。
どうやらまた流川とケンカしているようだ。

どうも、一つのボールを取り合っているように見える。
全く、幼稚園児並なんだから。

「何やってんの、アンタたち」
立ち上がって仲裁に向かおうとすると、桜木花道がどたっと倒れた。
ずっとボールを引っ張っていた流川が、手を離したからだった。

「桜木くん!」
晴子ちゃんが桜木花道に駆け寄る。

「る、流川、テメー!」
「うるせー。押しても動かねーから、引いただけだ」
「ふんぬー!」

「まあまあ、二人とも」
木暮先輩と晴子ちゃんのおかげで、ハリセンは使わずにすんだ。

「全く、二人とも子どもなんだから。引っ張り合いのケンカなんて」
桜木花道と流川は、それぞれ体育館の角に散って行く。

「あ、そーだ」
木暮先輩がぽんと手を打った。

「どうしたんですか? 先輩」
アタシと晴子ちゃんは、二人で木暮先輩を見上げた。
「押してもダメなら引いてみよう」

え?



翌日の昼休み。
アタシは『赤木先輩復活大作戦』を決行させるべく、三年生のクラスに向かった。

「赤木先輩」
ドアの前で、赤木先輩を呼ぶ。
やっぱり、いつ見てもデカいわ。

「ん? どうしたんだ?」
赤木先輩がのっそりと顔を出した。

「あの、実は、部活のことなんですけど……」
赤木先輩は、木暮先輩に聞いた通りそわそわしている。
作戦通り、ここで沈黙。

「……何かあったのか?」
よし、ここで台詞。

「……いえ、なんでも。すみませんでした先輩」
「そうか?」
「はい。やっぱり、アタシたちで何とかします。先輩、ダメですよ?
部活に来ちゃ。勉強もあるだろうし」

「あ? ああ……」
「じゃあ、また」
アタシは赤木先輩の困った顔を見ながら、退場する。

こういうのって、結構楽しいのよね。
木暮先輩が考えた作戦はこうだった。

不安そうな顔をしたアタシが、赤木先輩に言う。
『実は……』
少しの沈黙の後、心配する赤木先輩には何も告げずにその場を去る。
これでアタシの任務は完了。

昨日の夜と今日の朝に、同じ内容の任務を晴子ちゃんと木暮先輩が終えているはずだ。
つまり、押してもダメなら引いてみな。
来いと言われると行きたくなくなる、来るなと言われれば行きたくなる。
さすが、木暮先輩よね。

アタシはうきうきした足取りで、自分の教室に戻った。





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