「夢見るひと」



「リョータ、ちょっと聞いて」
昼休み。
慣れない本を読んでいると、アヤちゃんが声をかけてきた。

「ア、アヤちゃん」
慌てて本を隠して、アヤちゃんを見る。
今日は雨が降っているので、屋上で読むわけにはいかなかった。

「何読んでんの?」
「いや、ちょっと……」
『リーダーになるための十ヶ条』なんて本、アヤちゃんに見せるわけにはいかない。

「赤木先輩がおかしいらしいのよ」
頭をかきながらアヤちゃんの話を聞く。
どうやら、バスケ中毒になっているらしい。

「赤木のダンナが?」
「そうなの。昨日、木暮先輩たちと作戦立てておいたから、リョータも協力してくれない?」
「作戦?」
「名付けて、『赤木先輩復活大作戦』」
アヤちゃんは、すごく嬉しそうだ。

「うまく行けば、今日来るかもしれないわよ」
「ダンナが……」

確かに、バスケ中毒というのはわからなくはない。
でも、一度顔を出せばすむ気もする。
オレは溜め息をついた。

「どうしたの? リョータ。元気ないじゃない」
「え?」
またアヤちゃんの前でかっこ悪いことをしてしまった。

「もしかして、まだ悩んでるの?」
「アヤちゃん……」
やっぱり、アヤちゃんには隠し事はできないみたいだ。

「アンタは良くやってるわよ」
赤木のダンナがオレを見たら、何て言うだろう。

「もっと自信持ちなさいよ。まだまだ先は長いのよ?」
そうなのだ。
これから約一年、頑張らなければならない。

それなのに、三井サンはうるせーし、花道と流川はケンカばっかりだし、三井サンはうるせーし。

アヤちゃんになぐさめてもらって、少しだけ元気がでた。
気を取り直して、オレは再び『リーダーになるための十ヶ条』を読み始めた。



そして、放課後。
赤木のダンナが来るのかと思うと気が重かったが、
キャプテンとして部活を休むわけにはいかなかった。

「ちゅーす」
着替えて体育館に入ると、木暮先輩がいた。
他の部員はまだ来ていないようだ。

「お、早いな、宮城」
昨日は制服で見学していたのだが、今日はTシャツに短パンだ。
きっと練習を手伝ってくれるのだろう。

「木暮サン……」
「どうした? 何か元気ないな」
「……」
黙っていると、木暮サンが笑った。

「大丈夫だって。宮城はすごいと思うよ。赤木より怖いキャプテンだって、有名だからさ」
「え……?」

「宮城は宮城、赤木は赤木。それぞれ良いところも悪いところもあるだろ?」
「どうしてわかったんスか?」
「それ」
木暮サンはオレのポケットに入っているものを指差した。

「あ!」
「オレも読んだんだ、それ」
『リーダーになるための十ヶ条』。
「ほら、三年生は二人しかいなかったからさ。必然的に副キャプテンはオレだろ?」
木暮先輩が照れくさそうに言った。

「何とか赤木……キャプテンの力になれないかと思ってさ」
そうだったのか。

「色々読んでたら、気がついたんだよな」
オレはいつの間にか、木暮サンの話に真剣に耳を傾けていた。

「オレは、オレにできることをすれば良いってさ」
「自分にできること……」

「もちろん、宮城には宮城の考え方があると思う。
しかも、キャプテンってすごく大変だろ?」
オレは黙って頷いた。

「きっと三井とか、うるさいだろうしな」
また木暮サンが笑う。

「宮城は宮城の思う通りやれよ。オレはそれが一番だと思う」
そう言い残して、木暮サンは準備室へ向かう。

「アレ? 早いじゃない、リョータ」
入れ違いに、アヤちゃんが入って来た。
オレは慌てて文庫本を隠した。

「一人?」
「いや、木暮サンが来てて……」
「早いわね、さすが木暮先輩。さて、準備しますか」
アヤちゃんは、はりきって体育館を出て行く。

オレはオレにできることをすれば良い。
今まで迷っていたのがウソのように、心が晴れた。





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