「夢見るひと」
一度目の休憩が始まっても、赤木は姿を見せなかった。
やっぱり、作戦は失敗だったのだろうか。
「アタシは来ると思います」
マネージャーが言う。
「そうですよね、私もそう思います」
晴子ちゃんも頷いた。
「二人が言うなら、大丈夫だ」
オレは笑って体育館の入口を見た。
まだ人の気配はない。
「だから、言いたいことがあるなら、ハッキリ言えば良いじゃないスか」
と、オレたち三人のすぐ後ろで、宮城の声が聞こえた。
「あ? オレはいつもハッキリ言ってんだろ。オマエが聞いてねぇのが悪いんだよ」
どうやら、モメているらしい。
しかも、相手は三井だ。
「また始まった」
マネージャーがよいしょ、と立ち上がる。
「こらこら、やめなさいって」
宮城と三井の間にマネージャーが割って入った。
が、二人とも引く様子はない。
「だいたい、前から言おうと思ってたんスよ。
アンタ、すぐキャプテンらしくしろとか言うけど、らしいって何だよ」
「らしいっつったら、らしいだろうが」
「だから、それを説明して欲しいんスよ」
「キャプテンなんだから、自分で考えれば良いじゃねーか」
二人の会話が、マネージャーの上を飛び交っている。
「ほらほら、やめるやめる」
見兼ねたオレも、止めようと立ち上がった。
「皆見てるんだし、仲良くやろうよ。な?」
「木暮は黙ってろ」
「リョータ、もう良いでしょ?」
「いや、アヤちゃん、ちょっと待って」
このままだと、収集のつかない事態に発展しそうだ。
桜木と流川がこちらに向かって来たとき、二人の横を誰かが通り過ぎた。
その影は徐々に大きくなって、宮城と三井の間に立った。
「赤木!」
「赤木先輩!」
「お兄ちゃん!」
オレたち三人が気付くのと同時に、赤木の鉄拳が宮城と三井の頭に落ちた。
「ぐわっ」
二人は頭を抱えてしゃがみ込む。
「ゴリ!」
「ゴ……元キャプテン」
遅れて、桜木と流川も気がついた。
「全く。ケンカは外でやれ」
「ちっ。わかったよ」
三井はぶつぶつ言いながら、シュート練習を始めた。
「ダンナ……」
宮城は涙目で、赤木を見つめている。
「こういうことだったのか」
オレたちの顔をぐるりと見回して、赤木が言う。
「あ、ああ。そうそう、そうなんだよ」
「言ったじゃないですか、先輩。来ちゃダメって」
オレが頷くと、マネージャーがニヤリと笑った。
「……つ、ついでだ、ついで」
「ついででも何でも良いよ。ほら、赤木。ボールボール」
オレはカゴからバスケットボールを取り出して、軽くパスした。
赤木がそれを受け取り、じっと見つめる。
「……」
声にならない、感動があったらしい。
「さあ、始めるわよー」
マネージャーが笛を吹いて、練習が再開された。
部活終了後。
手伝う、と言ったマネージャーたちを帰して、赤木は体育館に残った。
よほど嬉しかったのだろう、床を丹念に磨いている。
「良かったよ。赤木が来てくれて」
オレはバスケットボールを一つ一つ拭きながら、言った。
「本当、信じられないよな。二人だったときはさ、毎日残って掃除してたんだもんな」
赤木は静かにオレの話を聞いているようだ。
「宮城はかなり厳しいキャプテンだよな。赤木を超えたかも」
笑いながら言うと、赤木は腕組みをして、顔をしかめた。
「ふん、まだまだだ」
「ははっ」
「三井は大丈夫なのか? 進学希望なんだろ、アレでも」
「ああ、何とか推薦狙ってるんじゃないか?」
オレが答えると、赤木がニヤリと笑う。
「三井らしいな」
バスケットボールは、残り二つ。
「前に言ったよな。道はまだ続いてるんだ、って」
「ああ」
赤木が頷く。
「だとしたらさ、オレたちも振り返っても良いんじゃないか?」
最後の一つを、カゴに戻す。
「たまには、さ」
「……そうだな」
赤木は床磨きを終えたようだった。
カゴとモップを片付けて、体育館を出た。
「また来ようぜ、赤木」
赤木は少し考えてから言った。
「そうだな」
どうやら、作戦は大成功したようだ。
赤木の目にはもう、何の迷いもみえない。
代わりに映っているのは、夜空の星だけだった。
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