オレの居場所は、コートの上だった。


「存在の不在」


どこを見ても、白い部屋。
まさか、このオレが入院することになるとは。
家から持って来たNBAのポスターで、なんとか壁は埋まった。
でも、この消毒液の匂いだけは、どうにもならない。
ずっとここにいるのかと思うと、どんどん気が滅入ってくる。

「どう? ヒザの調子は」
「木暮」
時々、チームメイトが見舞いに来てくれた。
「月間バスケット持って来たよ。今月号」
「おお、サンキュ」
差し入れは決まって、バスケ雑誌だった。

「あ、この写真……県大会優勝の時の……?」
ベッドの横にある棚の上には、オレが中学時代、県大会優勝を決めた時の写真が飾られている。
この試合で、安西先生に出会った。
「安西先生に恩返しがしたいんだ……」

『あきらめたらそこで試合終了だよ』
――その言葉でオレはMVPを獲ることができた。
「絶対すぐ退院して復活するぞ、オレは! 見てろよ木暮!」


木暮が持って来てくれた雑誌は、すぐに読み飽きてしまった。
写真や文字なんかよりずっと、本物は面白い。
少しでも早く、バスケがしたかった。

「へへっ。いつまでも病院のベッドの中じゃ、体がナマってしょーがねーぜ!」
たいして美人でもない看護士の目を盗んで、松葉杖を片手に部活へと向かった。
赤木との勝負もまだ決着がついていない。
まさか、天才のオレにはかなわないだろうけど。


数日後、再び病院を抜け出し、オレは体育館にいた。
今日は実戦に近いトレーニングらしい。
「逃げるなよ、赤木! お前なら誰にも当たり負けしないハズだ」
先輩のゲキが飛ぶ。

ただ大きいだけで、まだまだ技術が追いつかない赤木。
「よーしよし、そのくらいの強引さは必要だ! ナイッシュ!」
何人かのレギュラーメンバーを蹴散らして、シュートを決めた。
「ふむ……」
オレの横でその様子を見ていた安西先生が、微笑む。

技術では、オレにかなうヤツなんていない。
赤木には負けない。絶対に。


次の日。
ひざの調子は思っていたよりもずっと良かった。
一日一日、痛みがひいていくのがわかる。
インターハイ予選が、そこまで迫っていた。

病院から少し離れたコートで、ナマっていた体をほぐす。
痛みは全くなかった。
「大丈夫! 予選の一週間前に痛いなんていってらんないスよ!」
少しずつ、練習に混じって感覚を取り戻そうとしていた。

「無理すんなよ、三井……もし痛かったら休んでろよ」
木暮が、心配そうな顔で話しかけてくる。
「休んでる方がつらいって」
ボールに触るたび、シュートを決めたときの感覚がよみがえる。
「3日もバスケやんねーと、うずうずして死にそーだよ」


バスケットボール。
オレの居場所は、このコートの中にある。


「さー、ディフェンス1本!」
赤木から木暮に、見え見えのパスが出された。
「甘いぜ、赤木!」
ボールを止めようと、一歩踏み出す。


その時だった。


気の遠くなるような激痛。




――オレの居場所は、ここなんだ――




インターハイ予選には、間に合わなかった。
一週間後、外出許可をもらっても、松葉杖は二本になっていた。

見に行った緒戦。

オレのいるべき場所には、赤木がいた。

荒削りでも、チーム全体をひっぱっている。
「おぉーし、ナイッシュウ赤木! いけるぞ!」
体育館中に響く声援。
かつてはオレに向けられていたもの。

バスケットボール。

3ポイントシュート。

MVP。

全国制覇。

安西先生。


最後まで、見ていることはできなかった。









「お前、どこのヤツだ? 初めて見るな」
「どこでも良いだろ……退屈なんだよ」




コートの中にもう、オレの居場所はなかった。






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